九井諒子『子がかわいいと竜は鳴く』

あなたのそばにも



基本情報

九井諒子『九井諒子作品集 竜のかわいい七つの子』KADOKAWA 表紙
引用元:九井諒子『九井諒子作品集 竜のかわいい七つの子』KADOKAWA

著者 九井諒子

短編 『子がかわいいと竜は鳴く』描き下ろし

書籍 『九井諒子作品集 竜のかわいい七つの子』紙:2012年 KADOKAWA / 電子:2013年 同社

冒頭

母親のヨウは息子が牛に蹴られたことを聞く

牛の足元に母の好きな花が咲いており、摘みたかったからだという

時が経ち、それと重なるように、国の王子が病の父のため竜の鱗を手に入れんとしていることを知る——

感想|グッとくるコマ【序盤より】

九井諒子『子がかわいいと竜は鳴く』の1コマ 王である父の病を治すために竜の鱗を欲する王子が、竜が棲む山へ同行する村人を募っており、それを聞いている主人公・ヨウ
引用元:九井諒子『子がかわいいと竜は鳴く』-『九井諒子作品集 竜のかわいい七つの子』KADOKAWAより

王である父の病を治すために竜の鱗を欲する王子が、竜が棲む山へ同行する村人を募っており、それを聞いている主人公・ヨウ

 

まさに物語が動き出すというシーンですが、一見するとそうとは思えない表情ですよね

しかし物語の根幹である複雑な心情を表現する重要な1コマ

 

偉い人にお供する→期待以上の実力を発揮する→褒美をたくさん貰う というフォーマットは古今東西の物語によくあって、これはこれで面白いですし伝統のようなものですからもちろん否定するつもりは全くありませんが、この『子がかわいいと竜は鳴く』ではそれを良い意味で裏切り、新鮮な感想を抱かせてくれます 

 

それから、複雑な心情を表す表情って描くのが難しいんです

眉の角度、口の大きさ、そういった微妙な調整がないと異なったニュアンスで伝わってしまう
繊細な作業で、すなわち職人技

 

その点、九井諒子氏の作品はどれも表情が豊かです


(どのページを開いてもワクワクしますよね)


そのためキャラクターに人間味があって、次元を隔てた存在であるはずのそのキャラクターに親近感が湧いていることに気づく

 

ふと、グリム童話のようだなとも思いました

グリム童話は村が舞台物語が多く、よく薬草とかが登場するんです

かと言って『子がかわいいと竜は鳴く』は全く古臭くなく、童話に含まれる特有の道徳と教養をうまく抽出しているなと感じました

九井諒子『子がかわいいと竜は鳴く』の1コマ 産卵期のため気が立っている竜の鳴き声を聞いた後
引用元:九井諒子『子がかわいいと竜は鳴く』-『九井諒子作品集 竜のかわいい七つの子』KADOKAWAより

産卵期のため気が立っている竜の鳴き声を聞いた後

 

その土地に住んでいる人間だからこそ知っているシーンって趣きがあって良いですよね

フィクションですから読者である我々ももちろんその土地を少しも知らないわけですが、(へえ、そうなんだ、知らなかったな)と思いながら読んでいるならば、没入感はすでに得られているわけです

また物語における土地柄がはっきりすることで、読者である自分もその場に立っているかのように思う

 

冒険する物語が今も昔も多くの方に支持されるのはこういった理由もあるかもしれません

時代、場所、キャラクター……物語の舞台を形作る要素はかけ算の無限大で、 多様性を擁護していますね

 

先述の通り同行している(コマの下の方に映っている)のは王子です

当然偉い人間ですが、主人公の女性はその彼を知識で圧倒し、構図として存在していたギャップがググッと縮まる

王子と村人、リーダーと部下、飼い主と犬……ギャップが存在する構図は多種多様ですが、それが縮まる、ないしは消えることで風変わりな友情が生まれる

 

それは例えば学校の同級生であるような対等な関係で生まれる友情とはまた違った尊さであると思います

こういった実社会ではなかなか築けないものを我々は欲し、芸術はそれに応えているのかもしれませんね

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