マンガの神様たる手塚治虫の人生とは
基本情報
著者 手塚治虫
短編 『がちゃぼい一代記』1970年 別冊少年マガジン
書籍 『紙の砦』紙:1983年 講談社 / 電子:2014年 手塚プロダクション
冒頭
1945年、手塚氏はアメリカの新聞を拾い、掲載されているマンガを羨む
しかしその新聞をオッサンに奪い取られ揉めていると、オッサンは「おまえを一人前の漫画家にしたる」と言う
彼はなんとマンガの神様で——
感想|グッとくるコマ【序盤より】
講義中に漫画を描いていたのが教官にバレ、罰として似顔絵を描いてくれと——
良くも悪くも大らかだった時代を象徴するような愉快な描写
読者として享受されるこのようなタイムスリップ感は貴重な体験であるとつくづく思います
きっと私だけではないと思うのですが、子どもだった頃は、時代が昔に設定されている作品を(古臭いな〜)なんて思ってハナから見向きもしませんでした
しかし多少大人になってその貴重さが身に沁みるようになりました
その作品が個人的かつ文化的な財産だと気づいたからかもしれません
さらに年齢を重ねるとその気づきが深まっていく……はずです
楽しみ
(物理的に)古い漫画にはこのような長所がありますし、新しい漫画には同じ時代を生きているという新鮮さがあります
つまり別のベクトルの良さを享受できるわけですね
『がちゃぼい一代記』では〈漫画を描く〉という行為が周囲の人間から肯定される場面もあれば否定される場面もあります
一大漫画家である手塚氏が驕らず、時にはギャグすら織り交ぜて漫画家という職業を描写する謙虚さはぜひ学ばせていただきたいもの
また徹底された客観的な視点からの自叙によって、使命を果たさんとする人間の悲喜交交がとりわけ真実味を帯びて浮かび上がり、読者としても応援したくなり、応援されているようにも感じるのでしょう
マンガの神様が教えるマンガ家の歩きかた
歩き方のレクチャーまでしてくれるなんて愛おしい
著者である手塚氏の脳内にマンガ家っぽい歩き方という概念があったこともなんだか微笑ましく感じます
同時に観察眼の鋭さにも驚かされますね
手塚氏の漫画を読むと登場人物が活き活きとしていることを誰しも感じると思いますが、インプット(観察)とアウトプット(執筆)の精度が一般人と段違いなのでしょう
羨ましい
主人公と神様が初っ端から仲良しな作品って珍しいですよね
ちなみにタイトルのがちゃぼいとは手塚氏のあだ名で、マンガの神様が手塚氏を呼ぶ際もこのあだ名を使っています
言わずと知れた手塚氏の一代記とあって、その内容は胃もたれするような重厚さか思いきや、実際には随所にギャグもあり軽妙洒脱
この辺りのバランス感覚は流石としか言いようがありません
個人的にはバランス感覚というものは芸術において一二を争う重要なスキルだと考えているのですが、あまり取り沙汰されているのは見聞きしない気がします
貧乏神のような風体の〈マンガの神様〉が相棒として登場するというファンタジーな側面がありますが、それ以上に手塚氏の半生が唯一無二すぎるため、結果としてその神のキャラクターが薄まるという実に興味深い現象が起きています
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