愛する人に何を残すか
基本情報
著者 武田登竜門
短編 『大好きな妻だった』2021年 webアクション
書籍 『あと一歩、そばに来て』紙:2022年 KADOKAWA / 電子:同年 同社
冒頭
妻は夫である主人公の誕生日を忘れていたかのような素振りを見せるが、実はしっかりプレゼントを用意している
いつも喜ばせようとしてくれるのだ
しかしそんな彼女にガンが見つかり余命を宣告され——
感想|グッとくるコマ【序盤より】
誕生日を祝うような年齢じゃないと言われたけれど
幸せそのものの表情を見るとこちらも幸せになります
お裾分けですね
説明するまでもないかもしれませんが、セリフでは「ちょっと 邪魔!」と言っていますが、要は夫婦でじゃれているだけ
こういう表情ないしは心情と、セリフがあべこべになっているシーンが個人的に好きです
フィクションでも現実でも
微笑ましいし、なのに心を揺さぶられる
おそらく、このあべこべには前提として信頼関係が必要だからですね
言うまでもなく我々は実生活において信頼関係を築くために日々四苦八苦しており、でも長い時間をかけたそれも裏切りによって一瞬で崩れてしまう(ご経験がありますか……?)ため、その貴重さを強く意識しています
ですから、深い信頼関係が築かれていることが提示される——つまりマラソンを走り切ったことにも似ている達成がそこにある——ことに、拍手を送りたくなるような感動を覚える
この点、恋愛を描くのは取りも直さず愛情を積み上げていく作業ですから、この信頼関係を描くのにはうってつけのジャンルですね
「恋愛モノってどれもパターン同じじゃん」と指摘する方もいますが、逆に言うと(繰り返しになりますが)信頼関係を築くという基礎の基礎であり大事な行程を疎かにしていないとも言えるのではないか
妻が余命を宣告される
診察室っぽくて医師や看護師も見受けられますから、地の文で説明があった通り、主人公の妻が医師にガンによる余命を宣告されたそのショッキングなシーンの回想ですが、それとは裏腹に画は小さく描かれておりセリフもありません
あえて充分にとられた余白がセンセーショナルです
もし私が著者だったら(もちろんそうではないので素人考えとなりますが)余命を宣告されるなんて一大事ですから、もっと溜めに溜めたあと大々的に描写し読者に強烈な印象を与えたくなります
でもそれではおそらく芸がない
ストーリーをつくる際に——漫画の執筆のような芸術的な活動に限らずちょっと誰かに自分の体験したことを話すのなんかも含め——何をトピックとして採用するか脳内で簡易なリストをつくります
もしそこに余命宣告というトピックがあれば、それを取り上げる優先順位をトップに置きそうです
余命宣告は現実世界でも発生しますが、それが(あらゆる意味で)重いことを経験談としてよく聞くから
そして私たちは経験に囚われているからです
(経験の大部分は良いものと捉えられますが最大限に悪く言うと)
ですがこちらの短編漫画『大好きな妻だった』のように静かに描かれることで、儚さが浮き彫りにされており、不意に心を掴まれます
あまりにショッキングな出来事はむしろ現実感を伴わないため、冗談のように心を通り抜けていくことも表現しているのかもしれない
よく話題にあがる引き算ってたぶんこういうこと
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