手塚治虫『野郎と断崖』

自然は人間を凌駕する



基本情報

手塚治虫『手塚治虫文庫全集 空気の底』講談社 表紙
引用元:手塚治虫『手塚治虫文庫全集 空気の底』講談社

著者 手塚治虫

短編 『野郎と断崖』1968年 プレイコミック

書籍 『手塚治虫文庫全集 空気の底』紙:2011年 講談社 / 電子:2015年 同社

冒頭

フランスの西海岸にあるデ・グラナン海岸にたどり着いた脱獄囚の男

船で高飛びするため北海岸の港へ向かいたい

ちょうどその時一般人の車が通りかかったため、便乗させてくれるよう打診するが——

感想|グッとくるコマ〈序盤より〉

手塚治虫『野郎と断崖』の1コマ 脱獄囚
引用元:手塚治虫『野郎と断崖』-『手塚治虫文庫全集 空気の底』講談社より

脱獄囚

 

この男が脱獄囚であるということは序盤で明らかになります

ただしどんな罪を犯したのか、そして何より本当に罪を犯したのか(つまり冤罪ではないのか)については言及されていません

ただ苦労して刑務所から抜け出したらしい、それだけ

未知がページをめくる手を加速させる

 

個人的に脱獄モノの映画が好きです

監督ジョン・スタージェス、主演スティーブ・マックイーンの『大脱走』、監督フランク・ダラボン、主演ティム・ロビンスの『ショーシャンクの空に』とか

なぜ脱獄モノが好きか?

話すと長くなりすぎるのでやめておきます

(もったいぶる)

 

ですから、こちらの短編漫画『野郎と断崖』を読み進めていて、主人公の男が脱獄囚と分かった段階で、私は(投獄と脱獄の経緯が描かれるかな)とちょっとワクワクしました

ですが先述の通り、その辺りはベールに包まれている

 

しかし、むしろそれが良いのかもしれないとも思いました

そこには想像の余地がありますから

著者と読者が想像力を補い合うことで初めて作品が完成する

これって懐が深くて素敵です

手塚治虫『野郎と断崖』の1コマ 脱獄囚が逃げるため一般人の車に便乗させてもらおうと
引用元:手塚治虫『野郎と断崖』-『手塚治虫文庫全集 空気の底』講談社より

脱獄囚が逃げるため一般人の車に便乗させてもらおうと

 

にご注目ください

車のライトを浴びた男の後ろに影が2つできています

車のフロントについたヘッドライトは左右それぞれ1つずつで計2つあるからですね

物体が2つの位置から光を浴びれば(例外を除き)影は2つできる

 

とまあ、あえて説明するまでもない当然の物理的な現象ですよね

調べたら小学3年生の理科の授業で学ぶそう

 

しかし、このような細かい現象をも見逃さなかった手塚治虫氏の観察眼はすごいということを私は声を大にして言いたい

こちらの短編漫画『野郎と断崖』は影がストーリーにおいて重要な役割を果たすなんてことは一切ありません

そもそも、だいたいの漫画において影の描写っておざなりにされがちです

人物の後ろに頭と胴で楕円を2つくっつけたようなテキトーな形の影を描いて、ハイ終わりということもしばしば

しかし手塚氏はそうではなく、先述のように丹精込めて影を描いている

 

だからこそリアルで鬼気迫る漫画を生み出せるのだと思います

創作を超えて、人生においても見習うべき精神です

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